【原爆の父】オッペンハイマーの裏側!後悔と残した名言を紐解く

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オッペンハイマー 原爆の父 後悔 どんな人物

【原爆の父】と呼ばれるオッペンハイマー。

「我は死神なり世界の破壊者なり」という名言でも有名です。

この記事では、原爆を作った科学者であるオッペンハイマーの人物像や名言を見ていきます。

目次

オッペンハイマーとは?どんな人物なのか徹底解剖

オッペンハイマーはドイツからの移民を親にもち、ドイツのユダヤ人商人ユリウス・オッペンハイマーにちなんで名付けられました。

母は画家のエラ・フリードマン。父は事業に成功しており、オッペンハイマーは裕福な家庭で幼少期を過ごしました。

数学や物理学が得意でしたが、運動がニガテで友人がすくなった面も持っています。とはいえ、乗馬やセイリングは得意だったようです

オッペンハイマーは、幼少期から数学や物理学に興味を持ち、6各国語を話せました。

鉱物学へも興味をもっており、12歳で論文を発表していたほどの秀才です。

オッペンハイマーは、ニューヨークの私立学校で教育を受け、後にハーバード大学に通い化学の学位を取得しています。

卒業後、オッペンハイマーは、ケンブリッジ大学へ留学し、オッペンハイマーはニールス・ボーアと出会い、実験を伴う化学から理論中心の物理学の世界へと入っていきます。

その後、ドイツのゲッティンゲン大学で物理学の大学院研究を行いました。

1942年、最初の核兵器を開発するための米国政府の極秘の取り組みであるマンハッタン計画が開始されました。

1943年オッペンハイマーは、ロスアラモス国立研究所の初代所長に任命され、原爆製造研究チームを主導。

マンハッタン計画は、1945年にニューヨーク州で、世界初の核実験であるトリニティ実験が行われます。

この時のオッペンハイマーは、この実験をつかって、核の力を見せつけることで戦争をおわせたかったと考えていたそうです。

しかし残念ながら、8月の日本の広島と長崎への原爆投下で使用されました。

オッペンハイマーは、この時に目の当たりにした核の威力と被害に、とても後悔していたとのこと。

また自分の意図とはちがった核の使用方法に絶望もしたそうでした。

1947年にアインシュタインも所属していた、プリンストン高等研究所の所長に任命されます。

この時には、核兵器の国際的な管理を、つよく推していました。

また水爆を作った、水爆の父であるエドワード・テラーと対立。

最終的に、1954年にジョセフ・マッカーサーが行った「赤狩り」によって、職・権威を失いました。

オッペンハイマーは、1967 年に咽頭癌で亡くなりました。

オッペンハイマーの歴史・年表を時系列で解説

オッペンハイマーの歴史と年表を時系列で解説。

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1904 年 4 月 22 日、ニューヨーク市生まれ。
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1912年:鉱物学の論文発表
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1927: ゲッティンゲン大学で物理学の博士号を取得。
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1942年:マンハッタン計画の科学部長に任命。
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1945年:広島と長崎に原爆が投下される。
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1947年: 原子力委員会で証言し、核兵器の国際統制の主要な提唱者となる
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1954年: 鷹狩りにより職と権威を失う
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1967年 2月18日喉頭癌のため死去。

オッペンハイマーが残した後悔

オッペンハイマーが原爆を作り、その後に残した後悔を紹介しましょう。

オッペンハイマーが残した後悔とは、そう「原爆を作ってしまった・日本へ原爆が投下された」こと。

彼は、これを後悔していたそうです。

本来は、原爆の力を見せつけるだけにとどめるつもりが、実際に兵器として使われてしまい、自分の考えとは違った使われ方をしたことも後悔していたそう。

最終的に、「原爆の父」と非難されたようです。

オッペンハイマーの名言集

オッペンハイマーの名言集を紹介します。

彼は、さまざな名言を残しています。

我は死神なり、すべてを破壊するもの

科学者は罪を知った

原子力は生と死の両面を持った神である

技術的に甘美なものを見た時、まずはやってみて技術的に成功を確かめた後で、それをどう扱うか議論しよう

オッペンハイマーは、多くの名言を残したことでも有名です。

彼は、原爆を落としたあとに、上記の名言を残したようです。

何か違和感を感じる面もありますが、どこか心境の変化があったのかもしれませんね。

まとめ:オッペンハイマーの人物像や名言・後悔を紹介

原爆の父である、オッペンハイマーの人物像や名言、後悔を紹介しました。

オッペンハイマーは、原爆の投下したあとに、多くの後悔をしています。

しかし、威力を知っていたなら、もっと先に何かできていたのでは?と思う点もちらほら。

歳を重ねる中で、何か心境の変化があったのかもしれませんね。

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